看護師として働き・・・そして看護、医療の限界を感じる瞬間。

2019-09-16

今日は。
看護師あんこです。

看護師として働いてきて、常に直面することは医療にも限界があるということを常々感じます。
看護師になる前は、何か疾患に対して医療処置・薬を投薬すればそこそこの問題は解決がすると思っていました。
しかし、現場に出てみると、単純なものではなかったのです。

医師も人間なので、診断ミスが発生します。
看護師も人間なので誤薬投与もあります。

患者さんの背景や経済力、関係性も様々です。治療にお金を掛けない事を望むご家族もいますし、何としてでも死なせないで欲しい。という家族の方もいます。

現在、高齢者看護を行っていますが、最終的に認知症で食事を取れなくなった方もいます。認知機能が低下するということは、口から食事を摂ることが出来なくなる方もいます。認知機能を維持する為に、日中歩いたり、話しかけたり、人がいる所に身をおいたり、日中の活動量を上げて、規則正しい生活を送れるように生活を整えていくことも大切です。

認知機能が低下すると、会話も出来なくなり、食事や水分もやがて摂れなくなる方もいます。
何故摂れなくなるのか。。ADLが保たれている患者さんであれば、動作を忘れてしまうのです。排尿・排便、嚥下、歩行など、普段私達が意識せずに行動していることさえ、出来なくなってしまうのです。

また、現代には沢山の疾患があると思いますが、原因が明確に分かっていることもあれば、原因不明の疾患もあります。薬の効き方も個人差です。医療の常識も時代によって変わります。

看護師として働いていると、患者さん個人のリスクを考え、次のステージへ悪化しないようリスク管理していきますが、罹患した後というのは、回復(完治)が難しい疾患もあります。状態が悪化した際、対症療法でしか対応する事ができない場合も沢山あります。

物が食べれなくなった際、水分が摂れなくなったら、点滴や胃瘻などの処置を行う。胃瘻造設をしても、いつか感染が置きるリスクが高いのです。

このように病院で入院をしていても、リスクや悪化は付いてきます。ICUで血圧が低下し、SpO2が低下した患者さんに薬を投与しても、酸素を流しても状態が良くならない。医師の指示をもらい、手を尽くしたが、命を助けられなかったという場合、医療の限界を感じます。

人の命には寿命があるので、全てを救うことは不可能かもしれませんが、医療現場でこのような場面に遭遇するといつも無力さを感じています。

しかし、色々な患者さんを看ていると、その分個人差や状態のケースも異なるので、毎回学ぶ事も異なります。患者さんから沢山のことを学ばせて頂いているのです。

このように、当然看護師1年目は右も左も分からない中で、知識や経験を吸収していきますが、2年目以降は1年目に経験してきた事を他の患者さんへ少しは還元出来るようになるのではないでしょうか。

もちろん、まだまだ学ぶ事も沢山ありますが、一つの事例として、様々なケースが想定出来るようになると思います。

困った時、あの患者さんもそうだったから、あの看護を取り入れてみようかな。こんな方法もあったな。。など、色々な選択肢が浮かんでくるでしょう。
この選択肢の中から、実践して、患者さんの状態が良くなったり、食事が摂れるようになったりするととても嬉しく思います。

また、整形外科などは、回復期の患者さんが沢山いると思いますが、オペを受けその後在宅に戻る方がほとんどでしょう。故に、患者さんのリハビリに対する意欲も大きく、回復して元気に退院していく姿を見ると達成感がありました。もちろん、私一人の力で退院が実現出来た訳ではありません。

医療チームでの結果ですが、そのような一員として一部の役割を担えたことが嬉しく思うのです。医療の限界を感じる事で辛い気持ちになることも多々ありますが、その分、少しでも患者さんの回復が見れると看護師のやりがいに繋がっています。